NEW CHITOSE TAS 2025年度参加メンバーレポート
NEW CHITOSE TAS
2025年度参加メンバー レポート公開
第12回映画祭で初開催した体験型育成支援プログラム「NEW CHITOSE AIRPORT テイクオフ・アニメーション・セミナー(通称:NEW CHITOSE TAS)」の参加メンバー6名によるレポートを公開します。
メンバーそれぞれの、TASがどのように機能したか熱意あるレポートを読んで、次回また新たなクリエイターの皆様にご応募いただきたく思います。また、これから更なる活躍が期待される2025年度参加メンバーには、ぜひ映画祭に戻ってきてもらえることを願っています。
以下一覧において、それぞれ「レポートを読む」ボタンからご覧ください。
参加メンバー 一覧
大沢 真梨 OSAWA Mari Japan
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愛知県豊橋市生まれ。経営学部を卒業後、人事コンサルティング会社へ入社。2018年に独立し、主に新卒採用関係のクリエイティブ案件を請け負う。2025年より名古屋造形大学大学院先端表現研究科へ在学中。オイルパステル等を使用したドローイングアニメーションの制作・研究を行っている。
レポートを読む昨年は一般鑑賞者として参加した新千歳空港国際アニメーション映画祭に、今年はアニメーション作家の卵として参加した。体験型育成支援プログラム(通称: NEW CHITOSE TAS)では、入選作品の鑑賞、交流会への参加、プログラムメンバーと のディスカッション、そして自身の新作アニメーション作品についてのプレゼンテーショ ンを行った。世界中から集まった作品を鑑賞するだけでなく、その作品を生み出した作家の方々との交流や、仲間とディスカッションしていくことで、映画祭の裏に広がるアニメーションの世界を垣間見ることができた。このレポートをどのようにまとめるか悩んだが、自分自身がTASを通じて得られた気づきや学びの整理も兼ねて、5つの項目で振り返っていきたい。
1. 作品の言語化
5日間のプログラムの中で一番感じたのは、言語化の重要性である。プレゼンテーションでも、ディスカッションでも、作家の方々との交流でも、言葉で伝えることが前提にある。当たり前のように思えるが、鑑賞者として参加していた時は、作品について知る機会といえばパンフレットに書かれたあらすじや鑑賞後のトークが主だった。伝えるべきことは全て作品に詰め込み、言葉は補足として添えるだけ。そういうものだと思っていた。しかし、受け手としてではなく作り手として映画祭に参加すると、自分の言葉で自身の作品について語る機会や、他の作品についても言語化して議論や交流をする機会が多い。そして、言葉で伝えるためには、そのための知識が必要になる。大学院の研究でも日々痛感する部分ではあるが、5日間の中で、よりその必要性と重要性を身をもって体感した。
2. 作品と作家の繋がり
作家の方々と交流できるというのも、TASの大きな魅力である。正直、最初はワクワクよりも不安の方が大きく、すでに圧倒的な作品や様々な実績を持つ方々に話しかけてもいいのだろうかと尻込みをしていた。しかし、TASの名札を首にかけていると、それをきっかけにすることができる。若干コンサル時代の営業を思い出しつつ、図々しくも憧れの作家の方々にお話を伺うことができた。
物腰の柔らかさが作品の優しい空気感に表れていたり、逆に作品のコミカルさやファンタジーさと作家ご本人とのギャップに驚いたりと、作家と作品との関係性を垣間見られるのはとても新鮮だった。また、なぜ今の表現に至ったのか、そもそもなぜアニメーションを始めたのかというお話も興味深かった。最初からアニメーションをやりたいと思っていたというよりは、ご自身の制作や研究の過程で辿り着いたり、お話を伺えた範囲ではあるが、ほとんどの方が独学で、アニメーター出身の方が少ないというのも発見である。自分自身が数年前までアートの世界とは一切縁がなくビジネスの世界に生きていたため、どこか作家を遠い存在に感じたり引け目を感じていたが、今活躍している作家の方々の多くがアニメーションとは違う世界からスタートしている。ロールモデルとして勇気をもらえると同時に、言い訳はできないと身の引き締まる思いである。本当はお話を伺った作家お一人ずつのインタビュー記事としてまとめたいところだが、レポートの分量に収まらないのと、自分の理解が違っている可能性もあるため、ざっくりとしたまとめに留めておく。3. 作品とコミュニケーション
TASの仲間や作家の方々と交流を深めていく中で、作品は自分自身の考えや想いを語る言語になることを実感した。まだ10秒程度の未完成な状態ではあるが、現在取り組んでいる作品を見せることで、数多にあるアニメーションの制作手法や表現内容の中で、自分自身がどのような立ち位置にいるのかを伝えることができる。そして「こんな作品を作っています」と自己紹介代わりにお見せすると、なぜその画面比率なのか? 1レイヤーで作っているのか?など質問をいただける。そこでパッと答えられるものもあれば、ちゃんと考えていなかったなと気付かされるところもあり、自分自身の作品理解を深めるきっかけにもなった。また、TASのプレゼンテーションでは作品の進捗と同時に音に悩んでいるという課題も伝えたところ、サウンドデザイナーの方に後で声をかけていただいた。後日打ち合わせを行い、来春の完成に向けて協力してもらえることとなった。未完成の状態でも、発信することの重要性を身をもって知ることができた。
4. 作品の評価
TASには自分を含めて6名のメンバーが参加した。映画祭3日目と4日目は様々なバックボーンを持つ仲間とのディスカッションの時間だった。映画祭の選考委員の模擬体験のように、TASとしてプログラムを組むならどの作品を選出するのかを議論する。自分の好みだけではなく、制作手法や表現の多様性、上映時間、全体としてのまとまりなどあらゆる視点から自分たちで答えを導き出さなければならない。ほぼ満場一致で決まるものもあれば、意見が分かれるもの、また最初と最後で結果がひっくり返るシーンもあり、アツい時間となった。 ここで経験したように、単純に作品のクオリティが高いから通る、低いから通らない、ということではなく、他の作品との兼ね合いや映画祭としての方向性も加味して選考が行われる。だからこそ、1つの映画祭で通らなかったといって気を落とさずに、どんどん挑戦していってほしい。ディスカッション後、ファシリテーションをしてくださった選考委員の田中さん(注1)からのメッセージが心に響いた。
注1:本映画祭プログラムアドバイザーの田中大裕5. 作品をつくるということ
ディスカッションで経験したように、評価は時と場合、人によっても大きく異なるため正解や不正解のない世界である。だからこそ正しさを求めすぎず、意見や見解の違いを恐れずに、自分を信じて作り切るという姿勢も重要だと感じた。自分を信じるためには、軸が必要になる。大きな時間とエネルギーをかけて数々の作品を作り上げてきた作家の方々には、それぞれ大事にしているもの、目指したい表現などが明確に見えていたように思う。そしてそれは一朝一夕で得られるものではなく、今まで試行錯誤を繰り返し、考え抜いてきた中で培われてきたものだと思う。その見出し方は人によって異なり、作家になるまでの道筋も10人いれば10通りの道がある。自分自身も、これから作品づくりと言語化、そしてそれを可能にするための知識を身につけながら、アニメーション作家としての軸を見つけていきたい。
最後に、貴重な機会を作ってくださった映画祭選考委員の皆様やTASの仲間たち、交流してくださった方々には感謝の気持ちでいっぱいだ。次はアニメーション作家として映画祭へ訪れることができるように、5日間で得られた学びと出会いを大切にしながら作品制作と向き合っていきたい。
栗本志乃 KURIMOTO Shino Japan
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2024年名古屋学芸大学メディア造形学部映像メディア学科卒業。現在、香川県豊島にて住み込みで働きながらアニメーション作品の自主制作を行っている。日常で得た感覚を可視化することをテーマに制作を続けている。
チャール・ハルマンダル Çağıl HARMANDAR Turkey
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イスタンブール出身で東京を拠点とするアニメーション監督。東京藝術大学大学院映像研究科アニメーション専攻修了後、同大学院博士課程に在籍中。卒業制作『Vision』は2023年新千歳空港国際アニメーション映画祭の日本グランプリ、2024年大阪ISCA松本俊夫賞、2025年藝大平山郁夫賞を含む10の賞を受賞。現在、新作『Portal』を制作中。
レポートを読む2025年11月に開催された新千歳空港国際アニメーション映画祭の第1回 NEW CHITOSE TASの参加者に選ばれた。映画祭期間中、多くの作品を鑑賞し、トークイベントに参加し、ホテルのバーでのアフターパーティーにも足を運んだ。新千歳2025は楽しく刺激的であると同時に、非常に学びの多い経験だった。映画祭の選考プロセスや、審査員がどのようにして賞を決定するのか、また他者と映画について語り合うことで作品の見え方が変わることを知ることができた。制作途中のプロジェクトを共有し、フィードバックを受け、多くの国内外の監督と出会う機会も得られた。
全体として、この経験には非常に満足しており、他の人にもぜひ勧めたいと思っている。本レポートでは、映画鑑賞中の「注意」(attention)と「注意散漫」(distraction)について考える機会としたい。映画を観ているとき、心は作品に引き込まれる瞬間と、中心が途切れ自身の思考に捕らわれる瞬間の間を行き来する。本稿では、今年の映画祭で上映された二つの作品に焦点を当て、この注意の揺れについて考察する。 映画鑑賞を楽しむ一方で、他の多くの人と同様に、私も映画を観ている最中に注意が散ってしまうことがある。若い頃は、集中力を失うことに知的な罪悪感を覚えていた。しかし最近では、注意散漫との関係が変わり、それを受け入れるようになった。年齢と鑑賞経験を重ねることで注意力は以前より持続するようになったが、それ以上に、注意が不安定で思考がさまよう瞬間も価値あるものとして捉えられるようになった。
構造的に観客の思考の漂流を許容する映画もあれば、そうでない映画もあることに気づいた。その好例が、水尻自子監督の日本グランプリ受賞作『普通の生活』である。この短編作品では、動きは緩やかで、シーンも比較的長い。そのゆったりとしたテンポと最小限のナラティブによって、私は一度映画から離れても、再び戻ったときに作品とのつながりを失わずに済んだ。この体験から、注意が散ることは注意力の欠如ではないと気づいた。映画は注意散漫を拒まず、むしろ注意が出入りできる安全な環境を作り出している。水尻監督の作品は鑑賞するたびに異なって見えるが、この性質は注意が映画の内外を自由に移動できることと関係しているのではないかと思う。また、この方法が長編映画でも可能なのかという疑問も浮かんだ。長時間の物語の中で、漂いながらも関与し続けることはできるだろうか。
ここで対照的なのが、長編実験映画『Girlfriends of Father』である。この作品では、マインドが自由に離れて戻ることがより難しかった。冒頭では、抽象的な3DCGIの形態に魅了され、その動きや色彩の美しさに感動した。後に監督と話す機会があり、いくつかのフレームが絵画のように見えたためコマ撮りアニメーションを提案したところ、監督は大きなキャンバスに絵を描いていると教えてくれた。
映画を観始めてから約15〜20分ほど経つと、私の注意は次第に散り始めた。登場人物たちは感情的につながりにくく、そもそも人物として認識することすら難しかった。彼らは短時間だけ現れ、明確な識別が与えられなかった。注意が逸れるたびに、再び映画に戻ることはますます難しくなった。Chen Xiの作品は、監督の頭の中で行われている私的な遊びのように感じられ、映画自体がその実行形態のようであった。彼はすべての登場人物の声を自ら出し、口で効果音を作っていた。その結果、子どもが一人で遊んでいるのを見るような、幼い遊戯性が生まれた。遊びのルールや役割の背景は曖昧で、外部の人間には完全には理解できない。物語は監督にしか見えていないようであり、あるいは、他者に同じ形で理解されることを望んでいないのかもしれない。私も映画を作る立場として、物語をはっきり語ることにためらい、作品を自分だけのものとして保ち、他者には解釈や感覚で応答させることがあるため、そこに親近感を覚えた。
これは、映画監督としての私にとっての葛藤であり欲望でもある。明確な目的なく遊ぶように映画を作る監督の姿を見ることには価値を感じる。しかし最近では、この遊びの感覚が、初めて作品を観る他者に対して何らかの責任を伴うのではないかとも考えるようになった。それでもなお、実験映画は「理解しなければならない」と思わずに観られる方が、より観やすいと感じる。この意味で、実験映画(そして多くの場合インディペンデント・アニメーション)は、物語を排除したり隠したりすることで、集中と注意散漫について示唆を与えていると言えるんだろうかと思う。
ひろつぐ HIROTSUGU Japan
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福島県生まれ北海道育ち。東京都都内在住。motion graphics、イラストやデザイン、アニメーション、3DCG 、デジタルアートなど様々な視覚表現に興味を持ち、映像制作を手掛ける。2021年から自主制作活動を中心にインターネットで作品を発表中。
レポートを読むNEW CHITOSE TASと同時に、映画祭への参加も今回が初めてだったので、その視点からの感想を述べていきます。
映画祭全体を通して良かったと感じたのは、初めて観た作品の感想を同じく鑑賞した人たちとすぐ共有できるところにあると思います。というのも、自分はもともとインディペンデントアニメーション出身ではないので、鑑賞作品によって感想が大きく違っていて、正直それを人に共有することに少し不安がありました。しかし、鑑賞後に同じ上映を観たインディペンデントアニメーション作家の方々に話を聞くと、ある方は「難しかった」と共感してくれたり、またある方は作品の良さについて理解していてそれを説明してくれたりしました。自分以外の作家の間でも反応が大きく異なることがあり、そうであっていいとした上でのコミュニケーションを現場で体感できたのは、とてもリアルな経験でした。ある時は安心感を覚えたり、ある時は危機感を覚えたりと、心のどこかでとめどなく感情が揺れていた気がします。振り返ってみると、プログラム参加前に想定していたよりも、ずっと濃密な時間を上映期間中は過ごしていたと思います。
上映プログラムによっては、上映が期間中に複数回行われるものもあり、先に上映を観た人の話す感想がたまたまこれから上映を見る人の耳に入ってくる、ということもありました。「〇〇はすごい」という噂話を聞くことで、まったく知らなかったその作品を見る前から、どことなく楽しみにしているような状況になっていた気がします。その時の自分は、学生時代に作曲とクラブカルチャーに傾倒していた頃、まだ出会ったことのないアーティストや楽曲をクラブにいた人の口コミから知り、楽しんでディグっていた頃の自分と似ているような感覚がありました。
NEW CHITOSE TASのプレゼンのプログラムでは、事前に原稿とスライドを準備して臨みましたが、どちらかというとその後の講評が個人的には刺激的で、学びにつながった気がします。自分の場合、作品制作を通じて美大や藝大などのように作品やプレゼンに関する講評を受ける経験が今までなかったので、今回が人生で初めて人から成果物について講評を受ける機会になりました。いろいろ考えた結果、作品プレゼンから講評という一連の流れを若くして経験している美術系学生の方々には、とにかく畏敬の念を禁じえません。
講評を受け、プレゼンで求められているものについての理解が深まったのと、インディペンデントアニメーションという場において作品作りに必要な準備もあるのだと内省したので、それは今の新しい制作活動に活かすよう意識しています。ディスカッションのプログラムでは、各々の鑑賞作品に対するさまざまな感想や価値観が共有され、時にその違いが露呈するような瞬間が垣間見えて興味深かったです。TASメンバーの中では、経歴で比較すると自分はモーショングラフィックス出自という、一番アウトサイダー寄りだという自覚があったので、純粋にインディペンデントアニメーションの世界を中心に生きてきたであろう他のメンバーの着目している点が、予想通り自分とは大きく異なり、自分から見て彼らの趣向が個性的に映りました。
どれくらい趣向が異なったかというと、ディスカッション中の模擬選考企画で、最初の作品のピックを挙手で決める時、他メンバーの誰も、自分が最初にピックした作品には手を挙げていただけなかったくらいです。 これは、良い解釈をすれば、他のメンバーにはない価値観を持っているという逆説にもつながると思います。まずその事実を受け止め、今後は説得力や自信を持てるように自分を磨いていきたいと思いました。映画祭期間中、夜21時頃からホテル併設のバーでパーティが開かれるのですが、そこで作家や関係者が集まって行われるコミュニケーションが自分にとって貴重な思い出です。リスペクトしている作家と交わす初めての会話で緊張感を味わいつつ、たまたま現地入りしていた、SNSでのみ繋がっていた作家や、数か月、数年ぶりに再会した知り合いとの邂逅に歓喜した瞬間も数多くありました。本映画祭が空港で行われていることの「人と人が交わる場所」というコンセプトを改めて思い起こし、それを体現するような素敵な時間を過ごせました。一方で、多数いらっしゃった国外のアニメーション作家とも、自分は英語を話せないなりにコミュニケーションをとっていたのですが、やはり思うように話せなかったので、致し方ないとはいえ、今後は少しでも英会話ができるように努めようと思いました。今はスマホにDuolingoを入れています。
自分は初対面でも気になっていた作家には積極的に話に行ってしまう性分で、映画祭はまさにそういう方がたくさんいらっしゃった事もあり、はしゃいで話かけに行った手前、少し忌避されるかと懸念していました。しかし、TASメンバーを含め、皆さん快く対応してくださったのも個人的にはありがたかったです。プログラムの合間に知り合ったばかりの作家と次のプログラムの時間までに急いで4階の温泉に入りに行ったり、深夜の空港内のコンビニを探して歩き回って雑談したり、そういうちょっとしたイベントも映画祭ならではだと思っていて、思い返すたびにまるで青春の追憶にふけるような気分になれます。
実はTASでのプレゼンは、自分の発表内容も踏まえ、事前に父と母に見に来てもらうよう話していて、当日は実際に現地に来て観覧してもらいました。「良かった」と後日反応をもらったのでとりあえず安心していたのですが、今後は新作のテーマに負けないように制作するにはどうすれば良いかを考えなくてはならないと、勝手に重責を感じたので、うまくいくかわからないですが、より良いものにするための下準備も現在行っています。TASで発表した新企画は必ず良い作品にしたいと思っているので、リリースされる暁には皆さんに観ていただきたいです。
また、最終日にインフルエンザになってしまって、閉会式と最後の交流会に出られなかったのは少し勿体なかったです。もし同じような日程でまた参加することがあれば、きちんと睡眠を確保し、念を入れた手洗いうがいを欠かさず臨みたいと思います。
総じて、僕の中では2025年の一番良い出来事でした。
福嶋颯汰 FUKUSHIMA Sota Japan
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2001年生まれ。映像作家、アニメーター。多摩美術大学グラフィックデザイン学科卒業。クリエイティブハウスmimoid inc. 所属。個人でのクライアントワークの際はfusso名義でも活動している。デジタル技法のアニメーションを用いて自主制作や広告など、映像媒体での出力を得意としている。代表作に『Crevice』、『Monolith』など。幼少時から暮らした南国の気候や文化から発想を得て、高彩度で独特な配色による「空気と湿度感」、民間伝承や土着文化を独自に解釈した舞台設定が持ち味。
レポートを読むこんにちは、私は普段、映像広告の方でアニメーターをする傍ら、短編アニメーションの制作にも力を入れている福嶋颯汰と申します。今回は念願の新千歳空港国際アニメーション映画祭に、NEW CHITOSE TASのメンバーとして参加し、体験したレポートを記したいと思います。
私の5日間の映画祭期間を経ての総括としては、「時間が足りない!」「身体が足りない!」「言葉が足りない!」の足りない三拍子が大きく印象に残りました。いかにも「足りないものより得たものを見ろ」と誰かにつつかれそうな感想ですが、すべては初参加した映画祭体験の目まぐるしさを惜しむポジティブな意味合いで使用しています。
まずはDAY1。開会式後のレセプションで、初めて他メンバーと対面する最初のコンタクトを取りました。学生から会社員まで、作風もルーツも幅広い世代が集められており、作品制作への多様な関わり方を感じられました。その後はいくつかのプログラムを鑑賞しつつ、ホテル併設のバーへと足を運びました。滑走路や飛行機の綺麗な点灯を眺めながら、ここで作家や関係者同士、語り明かすのが恒例のイベントなのだそうですが、私は「足りない!」のほとんどをこの場所で体感することになるとはまだ知りませんでした。
続いてDAY2。TASメンバーとしては実質メインイベントとなる11/22では、参加の必須条件である新企画のプレゼンテーションを行いました。本番には、想像していたよりも多くの聴講者が私たちのプレゼンに耳を傾けてくださり、個人的に緊張はなかったものの、読みあげ重視のプレゼンになってしまったのは反省点だと感じました。持ち時間内に収めようとたくさん喋る方に注視して、伝えきれる「言葉が足りない!」と資料や原稿への取捨選択の意識が芽生えました。
オフラインで人々へ直に伝える形態だからこそ、口調や態度により生まれる作品への切迫感(目だけでなく、耳が滑らないための工夫)の伝え方は今後も模索したいです。
また、今回TASのメンターからいただいたフィードバックは、事前に周りのクリエイター陣と行っていた練習の延長とも言える部分も多く含んでおり、私の課題としてた部分がより鮮明に見える経験となりました。私の自主企画では、フォグブレインに悩む若者と、その曖昧さの肯定をテーマにしているのですが、曖昧さの象徴となるモチーフは決して霧だけでない、という岩崎宏俊さん(注2)からのお話は印象深かったです。生死の出入り口でもある土や、物質を理に背いて変換させる錬金術など、曖昧さを持つ面白いモチーフは多く、企画開発をさらに進める大きなヒントを頂きました。さらに私は絵本や伝承といった物語から発想を広げることが多いので、それらの構造を読み解くための課題図書?をたっぷりと紹介してもらえたのは、非常に嬉しい体験となりました。いっぱい読みます。
注2:本映画祭プログラムアドバイザーの岩崎宏俊そしてDAY3〜4にかけて、8:30スタートの早朝ディスカッションがスケジュールに組み込まれました。寝ぼけ眼に気合いを入れながらのぞんだその内容は、本映画祭で鑑賞したプログラムから、メンバー間で各々作品を選出しプログラムを作成し、選考会の追体験をするというものでした。プログラム全体でのコンセプトを意識することや、議論を生む作品の方がむしろ残ったりすることなど、ただ好みで選ぶ以外の物差しを自分にインストールできました。
伴ってこの俯瞰的な体験は、自分が今後アートアニメーションを作っていく際に立つ座標を、よりハッキリと決める必要性も感じさせました。
さて、映画祭も折り返しを迎えたこのタイミングで、「足りない!」の本領を感じ始めました。もちろん日中の作品鑑賞は大いに浴びまくり、その答え合わせのように気になっている監督へとアタックを試みる時間がバーで繰り広げられました。折笠良さんや大谷たらふさんを初め、尊敬している作家の方々に自主企画の感想をもらえたり、果ては所属スタジオで行っているコミッションワークについても触れてもらえたのは、励みと同時に大きな実りとなりました。とは言いつつ全員とはどうしてもコミュニケーションを取ることができず、「身体が足りない!」という幸せな悩みを持つことができました。併せて「言葉が足りない!」という点では、海外作家も多く出席する本映画祭にとっては英語という言語面でも言えることだと感じます。なかなか込み入ったテーマで話し始めると追いつかない場面も多々あり、ノリだけではない言語的な地盤の必要性も強く身に染みました。
そしてDAY5は、ほとんど映画祭で得たものの反芻に費やしていました。期間中多くの作家さんとお話しできて満足と思いつつ、個人的には『The Roe Deer』のデルフィーヌ・プリエ=マエオ監督とお話ししてみたかったという心残りがありました。極彩色メインの色彩設計のバランス感や、平面的なルックと多様なトランジションで繋げるアニメの面白さなど、伺ってみたい部分が多くありました。
他にも作家さんだけではなく、学生コンペティションのみ他プログラムとの兼ね合いで鑑賞叶わず……「時間が足りない!」がここでも出ています。
改めて、内側から映画祭を楽しめる大変な機会に恵まれたのだなと、終わった今、実感しております。期間中お話ししてくださった皆様、関わってくださった皆様、TASメンバーの皆様へ感謝を申し上げます!
ここで得た「足らない!」を足らないままでは終わらせないよう制作に励んでいきます。
渡辺こころ WATANABE Cocoro Japan
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2003年4月17日福岡県生まれ、2022年4月武蔵野美術大学造形構想学部映像学科入学、2026年3月卒業予定。大学入学前までは漫画制作を中心に活動、その後大学で映像表現の面白さに触れ、大学にて三年間、実写を主に勉強したのちアニメーションの制作を始める。自身のイマジナリーフレンドとの関係や、「ずっと共に生きていく自分という友達」をテーマにアニメーション制作に取り組んでいる。
レポートを読む新千歳空港国際アニメーション映画祭NEW CHITOSE TASに参加させていただきました。
TASの存在を知ったのは、卒業制作を進めていた夏、大学の先生からお知らせをいただいたことがきっかけでした。
私は1年ほど前から本格的にアニメーション制作を始め、制作経験はもちろん鑑賞経験も乏しく、映画祭へ足を運んだこともありませんでした。そんな中で、自作品のプレゼンテーションに加え、映画祭をフルに体験できる今回のプログラムはとても魅力的に感じ、すぐに応募を決めました。
ひとつひとつのプログラムで学んだことをはじめ、映画祭を通して感じたこと、考えたことをレポートします。まず自作品のプレゼンテーションですが、多くの方に足を運んでいただきました。普段大学の中でしか自分の作品について話してこなかったので、学外の方に広く自分のことを知ってもらえる初めての機会で、とても嬉しかったです。
質疑応答では、作品はもちろん、作家自身に関する質問をいただいたり、発表のあと「楽しみにしてます!」と声をかけていただいたりして、見てくれる人がいるんだ、という実感と共に作家としての自覚が芽生えるきっかけになりました。その後、プレゼンを基に、ディスカッションという名のもとプログラムアドバイザーの岩崎さん、四元さん(注3)からアドバイスをいただきました。作品についてはもちろんですが、プレゼンの仕方まで丁寧にフィードバックをいただけたのが印象的でした。
本映画祭ではNeWNeW(注4)選出作家様のお披露目会など、ピッチコンテストに関するプログラムが充実しています。作家活動を続ける将来を見据え、単に作品そのものの良さだけではなく、自作品の魅力を伝える力の重要性とその具体的な方法についても教えていただき、大変勉強になりました。
注3:本映画祭プログラムアドバイザーの岩崎宏俊、四元明日香
注4:「New Way, New World: Program for Connecting Japanese Animators to the World」の通称。「文化芸術活動基盤強化基金(Japan Creator Support Fund)」による短編アニメーション分野のクリエイター育成プログラム。私は主に作品の音(音質や声優)についてご指摘をいただいたのですが、いただいたアドバイスの重要性を、その後の上映ですぐに確認・実感し、咀嚼できるスケジュールになっていたのがとてもありがたかったです。
またディスカッションでは、TASメンバーそれぞれが最も好きだと感じた作品を1つずつ推薦しあうという「選考の疑似体験」を行いました。魅力的な作品ばかり並ぶ中からどの作品を優先するかディスカッションを重ね、気づいたら優先度が逆転していたりして驚きがありました。
「入選作品の選考」と聞くと、クオリティの高い作品とそうでない作品にきっぱり分けられ、すぐに結果が決まるようなイメージを持っていましたが、実際はかなり難航する上に単なる良し悪しだけで決まるものではないと実践的に体感できたのは、凄く新鮮な体験でした。加えて、さまざまな視点や価値観を持つTASメンバーとの意見交換はとても刺激的でした。
後から「いろんな考慮ポイントを考えると、あの結果で良かったのかな……」と、かなりモヤモヤしましたが、岩崎さんや田中さんから、実際の選考現場でも同じことが起きると教えていただき、「自分の作品が落選したからといって、落ち込みすぎる必要はない」といったお話をいただきました。今まで作品をコンペに出して良い結果が出なかったとき、作品そのものを否定されたような気持ちになり、気落ちすることも少なくなかったので、この体験をさせていただけたことはとても大きかったです。
注5:本映画祭プログラムアドバイザーの田中大裕更に、TAS参加者には交流会への参加が認められていました。
ずっと大好きだった作家さんたちと実際にお話しすることができ、普段見ていた作品の向こうにはちゃんと作り手の方がいて、作品って本当に自分と同じ人間の手によって作られているんだと思うと、作品というものへの愛着がより強くなりました。また、作品を観る中で「これは発見して持ち帰りたい!」と個人的に決めていたテーマがありました。それは、映像の身体性についてです。
映像作品はサイズ可変であり、直接触れるものではありません。上映の度に様々なスクリーンの中を移動することができます。
しかし、確かにその作品特有のサイズ感や、現実空間への侵食を感じる作品があり、それぞれの印象は何に起因しているのか、ずっと気になっていました。注意して鑑賞していると、個人的に「スクリーン枠内だけの限定的な世界」のように感じる作品もあれば、逆にスクリーンは作品世界に置かれた定点カメラでしかなく、スクリーンの向こうには現実と同じように世界が広がっているように感じる作品もあると気づきました。また、スライムに似た質感に感じる作品もあれば、水のようだと感じる作品もありました。
交流会では、作家さんに制作方法や制作中に考えていたことなどを教えていただきながら、映像の輪郭や身体性についてお話しさせていただきました。私はかねてより「ポケットに入れられるお守りのような作品を作りたい」と考えており、今回、貴重な交流を交えた映画体験を得る中で、自分の理想の表現に近づくヒントをたくさん得ることができました。
まだ形を持たない、頭の中のアイデアや言葉にならないイメージに、どのような身体を持たせてあげられるか。今後の制作に大きく影響するテーマを見つけることができて、制作のモチベーションも上がりました。また、入選作品を見ながらずっと感じていたことは「映像の操縦力が半端じゃない……!」ということです。作者が映像を乗りこなしているのが容易に伝わってきて、自分の体の延長線上に映像を操っているようだと圧倒されました。映像が体を持って生きている感覚に飲まれ、アニメーションってなんて豊かなんだと感動しました。
映画祭が終わって1ヶ月ほど経ちましたが、未だに大学からの帰り道や電車の中で、映画祭で見た素晴らしい作品たちを思い出し、作品の世界に浸る瞬間が多々あります。その世界が作品として現実のどこかに存在してくれていると思うと心が癒される感覚があり、アニメーションって、直接鑑賞していない時間にも感動を与えてくれるのだと胸がいっぱいになりました。
今回いただいた素晴らしい機会の中で、本当にたくさんの学びと発見がありました。アニメーションという素敵なメディアに愛を持ち、真剣に向き合っている方々とご一緒することができ、アニメーションをもっと好きになれた5日間でした。今回感じたたくさんのことを、これからの作品制作に活かしていきたいと思います。
最後に、今回選出いただき、ご指導くださったプログラムアドバイザーの皆様、本当に素晴らしい機会をありがとうございました。

